ロボットコラム

ノーベル賞とスペイン風邪

 執筆者:伊藤吉泰(イトウヨシヤス)

カテゴリ : 基礎知識

いつもコラムのご愛読、ありがとうございます。

毎年10月のノーベルウィークも終わりましたが、今年度は日本からの受賞者はいませんでした。

今回は、ノーベル生理学・医学賞を受賞したカタリン・カリコ氏らに関するコラムです。

 

~1 スペイン風邪の流行

20世紀初頭、世界中で猛威を振るったのがスペイン風邪(インフルエンザの一種)で、アメリカ・カンザス州の陸軍病院が始まりと言われています(発生源は諸説有ります)。

その後米軍が、第1次世界大戦に参戦する中で、ヨーロッパをはじめ、アジアや日本にも感染が広がりました。

3年間のパンデミックで、感染者数は全世界で5億人、死者は4千万人という未曾有の被害をもたらしました。

 

~2 感染症対策とペンシルベニア大学医学部

感染症の発生地となったアメリカでは、この反省から感染症対策への研究が熱心に取り組まれるようになりました。その中心の一つとなったのがペンシルベニア大学医学部と付属病院です。

1933年に電子顕微鏡により未知の病原体:ウイルスが発見され、その後のワクチン開発にむすびついていきました。

コレラ、天然痘、ポリオなど様々なワクチン開発が、ここペンシルベニア大学医学部でおこなわれ、世界最高水準の感染症対策の拠点として発展していきました。

  

~3 メッセンジャーRNA(mRNA)とカリコ博士

ここでカタリン・カリコ氏の登場です。彼女はハンガリーの医学研究者でしたが、1989年冷戦崩壊の混乱の中、アメリカへ移住してきました。

研究を続ける先として選んだのが、ペンシルベニア大学医学部だったのです。そしてハンガリー時代からの彼女の研究テーマは「メッセンジャーリボ核酸」(mRNA)の研究でした。

mRNAとは、その名の通りDNA:遺伝物質に記憶されたタンパク質情報を、細胞内のあちこちに運ぶ役割を果たします。

~4 mRNAとワクチン開発

従来のワクチンは、タンパク質そのものを製薬工場で生産し、人体に注射するのに対し、mRNAワクチンは「設計情報」を注射し、人体細胞自身にタンパク質生産工場の役割をさせるものです。

実際の製品(タンパク質)よりも、設計情報(mRNA)のほうがより短期間にしかも大量に生産することが可能となるのです。

しかしながらmRNAは壊れやすく、接種で炎症を起こしやすいなど問題点もあり、実用化へのハードルとなっていました。

~5 ペンシルベニア大学医学部でのワイズマン教授との出会い

当時、ペンシルベニア大学でエイズウイルスのワクチン研究をしていたのがワイズマン教授です。カリコ氏は学内でワイズマン教授と出会い、共同研究(mRNAの実用化、ワクチン開発)へと発展していったのです。

この二人が2023年度ノーベル生理学・医学賞受賞者となりましたが、授賞理由は「現代人類の健康に対する最大の脅威の一つの中で、前例のない速さでのワクチン開発に貢献した」ことです(新型コロナに対するワクチン開発など)。

このmRNAは、自在に書き換えが可能で、将来コロナウイルスだけでなく、様々な病気の治療薬やワクチンになる可能性を秘めています。

カリコ氏は「スペイン風邪から、100年以上にわたる感染症に関する研究・知見の積み重ねの結果が、このワクチン開発に結び付いた」と述べています。

ペンシルベニア大学での長期にわたる、地道な基礎研究があってこその成果(ノーベル賞受賞)だと筆者は考えています。

日本でも様々な分野での基礎的研究が、今後も粘り強く続けられていくことを強く望みます。

 

※新聞・インターネットでのノーベル賞受賞関連ニュース、ウイキペデイアより写真、情報は参考・掲載しています。

執筆者プロフィール

伊藤吉泰(イトウヨシヤス)
伊藤吉泰(イトウヨシヤス)本田技研工業OB (北米・中国 現地法人・生産拠点駐在含む)
2021年度より浜松ロボット産業創成研究会のコーディネータに就任。

本田技研工業では海外拠点での生産ラインの企画や立ち上げ業務、国内生産ラインのライン長などを歴任。得意領域は機械安全やロボット安全など労働安全分野、工場動力などでの省エネ/環境対応など。